第三夜


こんな夢を見た。


子供を背負っている。確かにオレの子だ。


その子供は金に光る絹のような髪をなびかせている。


ただ不思議なことにはいつの間にか目が潰れている。


純「いつ目が潰れたんだ?」


衣「なに、昔からだ」


声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人である。


しかも対等だ。


左右は青い田圃で、路は細く、時々鷺の影が差す。


衣「田園にかかったな」


純「どうして解るんだ?」


オレは顔を振り向けるようにして訊くと、


衣「だって鷺が鳴いているからな」


すると鷺が二声ほど鳴いた。


オレは我が子ながら少し怖くなった。


こんなガキを背負っていては、この先どうなるか分からない。


どこか打ち捨ててやる場所は無いかと向こうを見ると、闇の中に大きな森が見えた。


あそこならいいな、と考え出す途端にガキがなにか言い始めた。


衣「ふふん」


純「何笑ってんだよ」


衣「お父さん、重いか?」


純「重くない重くない」


衣「重いと言え!今に重くなる!」


なぜか怒っているガキを無視して森を目標に歩いて行った。


田の畦道は不規則にうねっていてなかなか思うように出られない。


しばらくすると路は二股に分かれている。


オレはその二股の根に立って少し休むことにした。


衣「そこに石が立っているはずだ」


確かに八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。


表には左り長峰山、右安曇野とある。


闇の中なのに赤い字が明らかに見えた。


赤い字は井守の腹のような色だ。


衣「左にいけ!」


そうガキは命令する。


左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空からオレたちの頭に投げかけていた。


すこし行くのが憚られた。


衣「遠慮しなくていいぞ!」


またガキはそう言う。


オレは仕方なしに森の方へ歩き始めた。


腹の中では、よく盲目のくせに何でも知ってるな、と考えながら一筋道を歩いていると、森に近づいてきた。


衣「どうも盲目は不自由でいけない」


純「だから負ぶってやってるだろ」


衣「負ぶって貰って悪いが、どうも人に馬鹿にされてだめだ」


衣「親にまで馬鹿にされる...」


何だか嫌になった。早く森に行って捨ててしまおうと思って急いだ。


衣「もう少しいくと解る」


衣「ちょうどこんな新月の晩だったな」


背中で独り言のように呟いている。


純「何がだよ」


際どい声で訊く。


衣「何がって、知ってるはずだ」


ガキは嘲るように答える。


するとなぜか何だか知っているような気がしてきた。


けれどもはっきりとはわからない。


ただ、こんな新月の晩だったように思える。


解っては大変だから、はっきりとしない内に捨てなくては、安心しなくてはならないように思える。


オレはますます足を早めた。


雨はさっきから降っている。


路はだんだん暗くなる。


ほとんど夢中だ。


ただ背中に小さいガキがくっついていて、オレの過去、現在、未来を尽く照らしている。


それは寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている。


しかもそれは我が子だ。


そして盲目だ。


オレは堪らなくなった。

 


衣「ここだ、ここだ、ちょうどその杉の根のところだ」

 


雨の中でガキの声ははっきりと聞こえた。


オレは覚えず留まった。


いつしか森の中へ這入っていた。


すこしばかり先にある黒いものは、たしかにガキの言う通り杉の木と見える。


衣「お父さん、その杉の木だったな」


純「おう、そうだな」


思わずそう答えてしまう。


衣「昭和二十五年だろう」


そうだ。確かにそうだった。

 


衣「御前が衣を殺したのは今からちょうど百年前だったな」

 


オレはこの言葉を聞くや否や、今から百年前のこんな新月の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したという自覚が、忽然として起こった。


純「そうか、オレは人殺しだったんだな」


そう初めて気がついた途端に、背中のガキは急に石地蔵のように重くなった。

 


カン!