昔々、宮守の街に臼沢家と小瀬川家という二つの名家があった。


この二つの家は代々仲が悪く、しばしば争いを繰り広げて宮守の平穏を脅かしていた。


エイスリンに片思いしている小瀬川家の白望は、友人に誘われ臼沢家の仮面舞踏会に参加する。


それにはエイスリンも参加するということで、ダルいとはあまり思わなかった。


しかし会場で臼沢家の塞を一目見た白望は、あれほどまでに恋焦がれていたエイスリンからあっさりと塞に心変わりをする。


二人は出会った瞬間に恋に落ちるが、互いの家が敵同士であることは分かっているので、その恋の行方が暗い闇に向かうことを感じ取っていた。


立ち去りがたい思いの白望は、仮面舞踏会の後、臼沢家の林檎園に忍び込み、偶然塞の部屋のバルコニーの下に辿り着く。


塞は聞かれているとも知らず白望への愛の告白を独り語っていた。


「白望、白望、あなたはどうして白望なの!」


「さっき私に語りかけた愛の台詞が本当なら、名前は白望でもいい、せめて小瀬川家という肩書きを捨てて...」


白望が隠れている茂みの草が揺れる。


「誰!そこにいるのは」


「風のいたずら、脅かさないでよ」


「今夜は月が綺麗、でも月の女神、あなたは残酷」


「人の運命を玩んで、こんなひどい演出を施して」


「私は馬鹿みたい、独りでバルコニーからあなたに話しかけている」


「お休みなさい、月の女神セレーネー」


「私の願いを気まぐれに聞いてくれるなら、どうか白望をここに連れてきて...」


塞はバルコニーから部屋に戻ろうとする。


白望は思わず茂みから飛び出していた。


「待って、塞」


「誰!」


「話がある...」


「ひどい、誰なの」


「塞、大好きなあなたが名前をよんでくれた...」


「白望、白望なのね!」


「あんまりだよ、そんなところに隠れて立ち聞きなんて」


「違う、私は塞に一目会いたくてここまできた...」


「恥ずかしい、独り言を全部きいてたのね」


「塞への思いが溢れて、気がついたらここにいた...」


「月の女神が願いを聞いてくれたのかな、でも、見つかったら大変よ」


「死んだって悔いはない、塞に会えたから」


「それは絶対に嫌よ!」


「大丈夫、死ぬわけにはいかない」


「白望、舞踏会での恋人との運命の再会なのに、あなたは小瀬川家の跡取り」


「ねえお願い、名前を捨てて」


「私はなんの肩書きもない白望と、ずっと一緒に踊っていたい」


「きっとそうする、もう私は塞の物だから」


「本当なの、私を玩ぶために誘い出してるんじゃないでしょうね?」


「好きで好きで塞を探し回った、私を信じて欲しい」


「いいわ、裏切られても、白望なら許してあげる」


「でもお願い、そのときはひと思いに私を殺して」


「死ぬときは私も一緒、天国にだって付いていく」


「そんなのは嫌よ、私が好きなら一緒に生きて」


「わかった、月に掛けて誓う」


「待って、何も誓わないで」


「あったばかりなのにあまりにも向こう見ずだわ、もう少しだけ待って」


「分かった、誓いは取っておく...」


「でも私は塞の答えをまだ聞いてない」


「最初にいったじゃない」


「お願い、もう一度...」


「なによ白望のばか、愛してるわ」


バルコニーの奥から扉を叩く音が聞こえる。


「いけない、誰かきたわ、すぐ戻るからそこに隠れてて」


「うん...」


塞はしばらくして戻ってきた。


「白望、私の白望」


「塞、わたしはここにいる...」


「大変、私、ハツミっていう貴族と婚約させられそうなの」


「そんなものは許さない、殺してでも止める」


「そんなこと駄目よ、認めてもらえないわ」


「じゃあどうすれば...」


「信じて、私絶対頷かないから」


「ああ、でも首輪をかけられたらどうしよう!」


「塞、実力行使しかない、私たちが先に婚約を果たそう」


「塞が本当に私を信じてくれるなら」


「信じるわ、白望!」


「明日の午後三時にトシ修道士の教会に来て」


「あの神父はなんとかするから、そこで結婚式を挙げよう」


「うれしい、午後三時ね、必ず行くわ」


「ねえ私、すべてを白望に預けてどこまでも付いていく」


「だからお願い、冗談ならいますぐ取り消して」


「取り消さない、もし修道士様に断られても教会の外にいる」


「絶対に行くわ、もうすぐ母が来るかもしれない、戻るわね」


「うん、塞、おやすみ」


「白望、おやすみ、白望...」


そうして二人は愛を誓い合い、その夜は別れを告げる。


その恋に立てられる毒牙が牙を剥き始めるのはもう少し後のお話。