第一夜

こんな夢を見た。

豊音「さえー、しんじゃうよー...」

私が枕元で座っていると彼女は静かな声でそう言う。

彼女は長い髪を枕に敷き、輪郭の柔らかな可愛らしい顔を横たえている

彼女の真っ白な頬の底には血の色が程よく差していて、到底死にそうには見えなかった。

豊音「もうしんじゃうんだー」

しかし彼女はそうはっきり言った。

私もなぜかこれは死ぬな、と思っていた。

塞「そうなの、もう死んじゃうの?」

豊音「うん、しんじゃうんだー」

彼女はそう言いつつぱっちりと眼を開けた。

その大きな潤いのある眼はただ一面に真紅に染まっていた。

その真紅の奥には私の姿が鮮やかに浮かんでいる。

これでも死ぬのか、と思った。

塞「死ぬんじゃないよね?大丈夫だよね?」

枕に顔をこれでもかと近づけそう言う。

豊音「死ぬんだから仕方ないよー」

彼女は真紅を眠たそうに瞠り静かにそう言った。

塞「トヨネ!私の顔が見える?」

豊音「うん、ほら、そこに映ってるよー」ニコッ

私は黙って枕から顔を離した。

腕組みをしながらまた、どうしても死ぬのかな、と思い返した。

しばらくして彼女がまたこう言った。

豊音「わたしが死んだら大きな真珠貝で穴を掘って埋めてほしいなー」

豊音「それと星の破片を墓石に置いてくれるとちょーうれしいよー!」

豊音「もうひとつ、ぼっちは嫌だからお墓の傍で待っててほしいなー」

豊音「必ず、また追っかけるよー!」

塞「じゃあいつ追いかけに来てくれる、トヨネ?」

豊音「まずあの赤い日が出るでしょー、でまた沈むでしょー」

豊音「それがいっぱい続いたら、追っかけるけどー」

私は黙って頷いた。

そうすると、彼女は静かな調子を一段張り上げて、

豊音「百年、待っててほしいなー」

塞「うん、わかったよ」

すると、真紅のなかに鮮やかに映っていた自分の姿が、ぼうっと崩れてきた。

静かに水が影を乱したと思えば、流れ出した。

彼女の眼がぱちりと閉じられた。

長い睫の間からすっと水が頬へ垂れた。

――――彼女はもう死んでいた。

私はそれから庭へ下り、真珠貝で穴を掘った。

女子高校生にはなかなかに重労働だったがしばらくすると掘れた。

彼女をその中に入れ、柔らかく湿った土を上からそっと掛けた。

掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

それから星の破片の落ちたのを拾ってきて、墓標にした。

長い間大空を落ちていたのだろうか、角が取れて滑らかになっていた。

彼女を埋めて冷え切った手と胸が、少し暖かくなるのを感じた。

私は苔の上に座った。

今から百年の間こうして待つんだなと考えつつ、腕組みをして丸い墓標を眺めていた。

そのうち彼女が言ったように日が出た。そしてやがて沈んだ。

私は一つと数えた。

しばらくするとまた出る。沈む。出る。沈む。出る。沈む。

私はもういくつ赤い日を見たか分からなくなっていた。

数えても数えても数えきれないほど赤い日は頭の上を通り越した。

それでも百年はまだ来ない。

やがて墓標には苔が蒸した。

それを眺めながら私は彼女に騙されてしまったのではないかと思い始めた。

いや、それはない。

あれほど無邪気で、何にでもわくわくな彼女が嘘をつく訳がない。

そう先刻よぎったことを振り切ると彼女に対して少し申し訳なくなった。

すると丸い苔の下から斜に私の方へ向いて青い茎が伸びてきた。

見る間に長くなりちょうど自分の胸のあたりに留まった。

と思うと、すらりと揺らぐ茎の頂に、すこしばかり首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと花びらを開いた。

真白な百合の香が鼻を突いた。

そこへ遥か上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自らの重みでふらふらと揺れた。

豊音「やっと追いついたよー!」

塞「もう、待たせすぎじゃない?」

私は白い花弁に接吻した。

顔を離し思わず遠い空を見ると、暁の星がたったひとつ真紅に瞬いていた。

そこで私はやっと気が付いた。

「百年はもう来ていたんだね」

カン!